上妻宏光Band USA Tour ひとりごと
上妻宏光くんは若くして現代三味線界の頂点に立つプレイヤーであると同時に、エレクトリック三味線を駆使して、独自のロック・ファンク路線でオリジナル曲中心のアルバムを二枚リリースしているスゴイ人です。およそ一年前から僕もサポートとして参加させてもらっていて、ラッキーなことにそのバンドでアメリカに演奏旅行に行ってきました。
僕のサイトのプロフィールのコーナーを見ていただくとわかりますが、僕は87年から3年半ほどの間、マサチューセッツ州ボストンにあるバークリー音楽大学というところに留学していました。そして、その第2の故郷とも言えるアメリカに、しかもボストンの母校に上妻くんのバンドで演奏に行くことになり、うれしくてうれしくて、きっとメンバーの誰よりもこのツアーのことを楽しみにしていました。これはそのツアーの、僕の全く個人的な写真日記なので、まあ、気楽に読んでやってください。
2003/1/29
前日までライブが毎日のように続いていたので、運送やさんに楽器を深夜に持っていき、そのあと3時くらいまでかかって荷造りを済ませる。そして5時起床して成田へ。カウンターで我々の膨大な機材の量を見て絶句・・・。特にベース関係のたくさんあることといったら、何もこんなにたくさん持っていかなくてもって思われるのも仕方ないかと。何と言っても、ハードケースに入れたコントラバスの、デカイこと!大人が3人くらい入れそうです。ちなみにこのハードケースを快く貸してくれたのは、代々木にあるコントラバス専門店「高崎弦楽器」さんです!ありがとうございました!
というわけで、今回は何とANAさんがスポンサーについてくれたというこで、超過料金でもめることもなくチェックイン、そして離陸。爆睡、食事、目の前のモニターのゲーム「シャンハイ」、この三つの繰り返しを何度かするうちに、ほどなくニューヨーク・JFKに到着。意外にすんなり入国審査も通過して、いよいよバスに機材を積み込んでツアーの始まりです。

バスの床下に機材が全部入って一安心。そしてこの日は翌日の開場近くの、コネチカット州クロムウェルという町に宿泊。
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時差ぼけで妙な体調の中、とりあえずアメリカでの初ライブ会場となるWesleyan Universityのホールへと向かう。途中、大学構内でポスター発見!いやでも気分が盛り上がる・・・が!

「電源どうしよう・・・。」

楽屋でショパンをさりげなく弾くあがっち。
ここで大問題が発生していたのでした。野崎くんのキーボードと、僕の二台あるうちのアンプの一台が、100ボルト仕様のために使えないと言うのです。僕のアンプに関しては大したことはないだろうとタカをくくっていたのですが、シンセはそうもいかず、結局スタッフのみなさんがこの田舎町の電気屋をあたって、開演までになんとか変圧器を探し出してくれました。その甲斐もあってライブはスゴイ盛り上がりで大成功!今までのライブで一番盛り上がったんでなはいかと僕は思っています。ピュアなアメリカのお客さんの反応に感動しました。
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曇り空の中、ニューヨークにバスで移動。

ジャパンソサエティのホールを下見。左から、舞台監督高江さん、ジャパンソサエティの宮井さん、照明の小西さん。
このデカさ、半端じゃないよなあ・・・・。
機材を部屋に運び込むだけで大騒動。こんな具合で収まってます。
ウィークリー近くのグランド・セントラル駅を見物。天井の星座がきれい。
2/1
スタッフやメンバーたちが観光に行くのに、とりあえず自由の女神までは同行。そこのフェリー乗り場でスペースシャトルの事故を知りショック!結局自由の女神もセキュリティのせいなのか、中には入れず。いつになったらテロの恐怖がなくなるのか・・・。


グラウンド・ゼロにて。今や巨大な工事現場と化しています。こうなってしまうとなんかピンと来ないけど、亡くなった人たちの無念たるや・・・・。
ボストン編につづく。近日公開予定です。
