USAひとりごと BOSTON編

よく、地方出身の友人なんかが生まれ故郷でコンサートやったりしますよね、それに時々呼んでもらって演奏したりもしますが、何かその人の特別な気持の高ぶりのようなものを感じることがあります。「故郷に錦を飾る」という言葉には、独特の興奮と、ノスタルジーと、安堵感が入り交じった複雑な気持ちが含まれている感じがします。東京の世田谷区奥沢出身で、今でもその近所に住んでいる僕には、そういう田舎とか、故郷というものは最初から存在していないから、「故郷に〜」なんてことは一生関係ないと思ってました。もともと故郷の町で音楽家として活動しているわけだし、錦ができても飾る故郷などないのです。ところが、今回思わぬ形でボストンに行くことが決まったときに、その言葉がまず思い浮かびました・・・・。

三年あまりの留学生活は、映画音楽の作曲を専攻していのでレポートと、作曲の宿題に追われながらもベースの練習と、友人たちとのジャムセッション、そして時々舞い込んでくるギグ(演奏の仕事)を100パーセント以上の力を出して次につなげること。つまり書く勉強と、演奏と、一見同じように見えて全く異なる二つのことに手を出していた関係で、信じられないくらい忙しくて、しかも当時1ドル250円くらいだったのでけっこう貧乏生活で、疲れ切って棒のようになって数時間眠ってまた一日が始まるというかなりハードな毎日を過ごしていました。今回、ニューヨークからボストンに出発する前の晩はなぜか全然寝付けなくて、そのころのいろんな思い出が走馬燈のように頭の中を駆けめぐって、異常にハイテンションになっていたのでした。

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というわけで、前の日全然寝られなくて、この日起きるとまだ薄暗い・・・ちょっと待て!朝9時に寝たのにそんなわけないじゃないか!と思って時計を見ると、夕方の6時だった。ああショック!一日を棒に振ってしまった。とりあえず近くのデリで食事して、上妻くんがEliot Sharp氏とセッションするJoe's Pubに行く。そしていったん部屋に戻って機材を積み込んでそのままボストンに出発。

途中トイレ休憩のパーキングエリアで中国系の男に話しかけられた。「ロードアイランドの、ここから150マイル離れた町から来てるんだけど、お金がないしガス欠になってしまって途方に暮れてるんだ。誰に頼んでも助けてくれないし、東洋人どうしなら・・・わかってくれるだろ?」。疑心暗鬼かも知れないけど、確かにこの国には差別みたいなのが存在するとしか思えなかった、そんな10年以上も忘れていた感覚を無理矢理思い出さされつつバスは深夜のハイウェイを走り、だんだんボストンに近づく。

Worcester,Framingham,Natick・・・ボストン近郊の知ってる町の名前が次々とハイウェイの標識に出始めて、心臓がドキドキしてきた。そしてボストンのBack Bay Sheratonホテルに到着、ここはバークリーのすぐ裏にあって、よくラウンジで演奏してたんだよなあ・・・。超貧乏外国人ミュージシャンだった僕は、もちろんこんないいホテルに泊まったことなんかなかったけど。

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目が覚めて部屋の窓から町を見下ろすと、いつものというか、前とほとんど変わらない景色が広がっていてうれしくなる。ただ、そのホテルの周りのプルデンシャルセンターというところは新しいビルとショッピングモールができていておしゃれに変わっていて、いい感じになってました。

おしゃれな町になっちゃってさー!

この日はあがっちの講演がありました。みんな興味津々。

当時はほとんど面識のなかった、著名なトランペッターでバークリーの先生でもあるタイガー大越さんに案内されて学校の中を見て回り、偶然に知り合いに出会ったりして大興奮!「オレだよオレ!」「オー!シンイチかっ!」ってな感じ。この日は知ってる先生のところに片っ端から挨拶にいって、本当にうれしかったです。

夜にはボストンの日本領事公邸に招かれて、パーティーです。郊外のブルックラインという超高級住宅街の中にある、豪華なお屋敷でした。そこで初めて、バークリーの学長のLee Berkご夫妻にお会いしていろいろと話しができて、とても感激しました。学生時代には一度も話したことなんかなかったのです。西林領事ご夫妻もとても気さくな方たちで、クラシックのすごいマニアだそうです。

左から西林領事、シンイチ、Lee Berkご夫妻、あがっち。エグゼクティブな人たちに囲まれて。

そしてその夜、学生時代の日本人の友人で、今もボストンでがんばっているドラマーのマモルと、フミオくんに12年ぶりに再会。涙が出るほど本当にうれしくて、昔話に花が咲く。「こんなことあったよなあ」とか、貧しい食生活の中で僕が思いついたレシピをまだ覚えてくれていて、それをずいぶん気に入ってよく作っていた話とか、話しは尽きなかったです。

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ついに、この日がやってきた。上妻くんにとってはニューヨークが思い入れのある地であるように、僕にとってはボストンは一番特別な場所で、母校でのコンサートは大げさでなく「一生に一度」のことでした。この日の会場は僕が学生の時にはなかった「ウチダビルディング」という新しい建物の、響きのけっこういい感じの比較的小さなホールでした。普段やっているよりもかなり小規模な音響と照明の設備しかなかったのですが、学生のスタッフたちと、高江さん、小西さん、修三さんの工夫でなかなか快適な演奏する環境を作ってもらえました。

この日は朝からなぜだか落ち着かなくて、いつもはほとんどないのですが、本番前は少し緊張していました。そして本番。コネチカットに続いてこの日のライブも熱かった!ああ、アメリカっていいなあって実感しました。アンコールの時に上妻くんが「佐藤さん、なんか少ししゃべってくださいよ」と言ってくれたので、自分がバークリーにかつて学んでいて、再びこういう形で戻ってこられて感激しています、ということを話して、最後に"Groovin'"を演奏してライブは終わりました。

終わったときの充実感をなんて表現していいものか・・・、感動しました。心の中で泣いてましたよ。音楽をやり続けていて本当によかったなって思いました。この二日間で、とても大切なものをお客さんや、友人たちや、先生や、いろんな人たちからもらった気がします。しばらく忘れていた、学生の時の熱い気持ちを再び思い出すことができたのが最高の収穫です。

プレゼントされたTシャツを早速着て喜ぶ二人。

こうしてボストンの二日間は終わり、ニューヨークへ。